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東京地方裁判所 平成3年(ワ)8310号 判決 1995年6月30日

本訴①原告

前田賀信こと

前田稔

本訴①原告(反訴②被告)

林芳男

山下哲夫

本訴②原告(反訴③被告)

金子清利

本訴②原告(反訴①被告)

杉浦博

右五名訴訟代理人弁護士

浅井洋

吉井文夫

右杉浦を除く四名訴訟代理人弁護士

皆川昭

本訴①②被告

横浜生糸取引所

右代表者理事長

松村千賀雄

本訴①②被告

松村千賀雄

大竹勝輔

石橋昭彦

風井一衛

近藤誠一

鈴木和義

鈴木末男

那須弘

平井舜郎

峰村正燦

柳沢慶夫

藤野正行

金丸貴行

中島和雄

小池一三

長畠敏彦

右本訴被告ら一七名訴訟代理人弁護士

横山秀雄

長谷川正之

北田幸三

右訴訟復代理人弁護士

本庄正人

本訴①②被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右訴訟代理人弁護士

山崎宏征

右指定代理人

伊東顕

外八名

本訴①被告

株式会社小林洋行

右代表者代表取締役

畑金鉚生

右訴訟代理人弁護士

増岡正三郎

青田容

本訴①被告(反訴②原告)

岡地株式会社

右代表者代表取締役

土井喜雄

右訴訟代理人弁護士

山岸憲司

山川萬次郎

上野秀雄

今村哲

本訴②被告(反訴③原告)

カネツ商事株式会社

右代表者代表取締役

清水清

右訴訟代理人弁護士

阿部一男

佐久間洋一

本訴②被告(反訴①原告)

明治物産株式会社

右代表者代表取締役

小池一三

右訴訟代理人弁護士

飯塚孝

主文

一  反訴①被告杉浦博は、同原告明治物産株式会社に対し、金八二万〇三九五円及びこれに対する平成二年五月二四日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  反訴②被告林芳男は、同原告岡地株式会社に対し、金三一五六万一三〇四円及びこれに対する平成元年七月一二日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を、同被告山下哲夫は同原告岡地株式会社に対し、金九一万六五二一円及びこれに対する平成元年七月一二日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三  反訴③被告金子清利は、同原告カネツ商事株式会社から別紙株券目録記載の株券の引渡を受けるのと引換えに、同原告に対し、金一五七六万六二三八円を支払え。

四  本訴①及び②の原告らの請求、反訴③原告カネツ商事株式会社のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は本訴①及び②の原告らの負担とする。

六  この判決は、第一項から第三項までに限り仮に執行することができる。

事実及び理由

(略称)以下においては、本訴①原告前田稔を「原告前田」、本訴①原告(反訴②被告)林芳男を「原告林」、本訴①原告(反訴②被告)山下哲夫を「原告山下」、本訴②原告(反訴③被告)金子清利を「原告金子」、本訴②原告(反訴①被告)杉浦博を「原告杉浦」、右原告らを総称して「原告ら」、本訴①②被告横浜生糸取引所を「取引所」、本訴①②被告大竹勝輔、同石橋昭彦、同風井一衛、同近藤誠一、同鈴木和義、同鈴木末男、同那須弘、同平井舜郎、同峰村正燦、同柳沢慶夫、同藤野正行、同金丸貴行、同中島和雄、同小池一三、同長畠敏彦を総称して「理事ら」、本訴①被告株式会社小林洋行を「被告小林洋行」、本訴①被告(反訴②原告)岡地株式会社を「被告岡地」、本訴②被告(反訴③原告)カネツ商事株式会社を「被告カネツ」、本訴②被告(反訴①原告)明治物産株式会社を「被告明治物産」、被告小林洋行、被告岡地、被告カネツ、被告明治物産を総称して「取引員ら」、被告岡地、被告カネツ、被告明治物産の外務員を総称して「外務員ら」と略称する。

第一  請求

一  本訴①

別紙請求内容一覧表一記載のとおり、各欄記載の被告は連帯して各欄記載の原告に対し、各請求総金額欄記載の金員及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  本訴②

別紙請求内容一覧表二記載のとおり、各欄記載の被告は連帯して各欄記載の原告に対し、各請求金額記載の金員及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  反訴①

主文第一項と同じ

四  反訴②

主文第二項と同じ

五  反訴③

原告金子は被告カネツ商事に対し、金一五七六万六二三八円及びこれに対する平成元年一〇月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、平成元年二月頃から同年五月頃にかけての取引所における生糸相場の高騰のために生糸の先物取引で損害を被った売り方の原告らが、取引所が生糸相場の高騰に際して取った規制措置あるいは不作為の内容が違法であり、さらに右措置を決定した理事らの行為、取引所が適法な措置を取るよう適切な指導監督をしなかった被告国の不作為及び取引所の措置の決定に際し反対意見を述べなかった取引員らの不作為も違法であるとして、取引所、理事ら、国及び取引員らに対し不法行為に基づく損害の賠償(国に対しては国家賠償)を求め、また、右状況下において取引員らの使用する外務員らが原告らに対し断定的判断を提供した違法な勧誘行為をしたこと及び取引員らが原告らの有していた売り玉の手仕舞いのための買戻しに対して自己玉を合わせなかったことが違法であることを理由として、取引員らに不法行為に基づく損害の賠償を求め(本訴)、これに対し、取引員ら(被告小林洋行を除く)が原告ら(原告前田を除く)に対し、取引の清算金の支払いを求めている(反訴)事案である。

一  争点

1  平成元年二月頃から五月頃にかけての生糸相場の高騰(詳しくは第三の一で述べる)に対して取引所がとった措置は違法なものであるか。右措置の決定に関与した理事らに責任があるか。

2  取引所の措置が違法である場合に、このような措置を採用しないよう指導・監督をしなかった国の対応(不作為)は違法なものか。

3  取引所の措置が違法である場合に、これに対し、反対意見を述べなかった取引員らの対応(不作為)は違法なものであるか。

4  取引員らの外務員らが原告らに対し、断定的な判断あるいは虚偽の情報を提供して違法な勧誘をしたか。

5  取引員らあるいはその外務員らの行為が違法である場合に、取引員らに原告らに対して自己玉を付け合わせる義務があるか。

6  取引員らの原告らに対する清算金請求が認められるか。

二  争点に関する当事者の主張

1  争点1(取引所の措置が違法か)について

(原告ら)

(一) 平成元年二月二二日、取引所は生糸の先物取引の価格につき最高自粛値段(一万四九九九円、一キログラムあたり―以下同じ)を設定し、かつ、片寄った値幅制限(最高制限値段一〇〇円、最低制限値段三〇〇円)をしたが、これは生糸相場高騰の原因である買占めに対して全く効力がなく、逆に一般投資家に今後生糸相場は絶対値上がりをしないとの誤信を与えるもので、市場機能を損なう違法な措置である。

(二) 平成元年三月二日、取引所は右最高自粛値段及び片寄った値幅制限を撤廃し、当限(受渡月となった限月)玉に対してもストップ幅(値幅制限の幅)三〇円という措置を取った。右措置は必然的に生糸相場の暴騰を長期化させ、売り方(売り玉を建てている者)がその売り玉を切るに切れない状況を作り出すとともに売り方一般投資家の損害を拡大させることが必然の措置であって違法である。

(三) 取引所は、平成元年二月二二日から同年五月六日までの間、仕手筋による買占めの疑いがあり、また、平成元年二月の調査により取引所の会員の訴外コジマが自己と偽って委託者(仕手本尊)の委託注文を受けていた事実が発覚したにもかかわらず、

①名義借の委託者の徹底洗出しという実態調査を行わず、

②仕手筋に対する現受(受渡日に現実に受渡をすること)を拒否し、あるいは共同した価格操作をする委託者に対する取引制限、これを取り次ぐ会員に対する制裁と取引制限並びに異常な状況の下での一時的な取引所の売買停止又は強制解合(強制的に売買約定を一定の値段で決済させること)の措置を取らなかった。

(四) 理事らは右各措置を理事会において決定した。

(被告ら)

取引所が、平成元年二月二二日、最高制限値段を一〇〇円、最低制限値段を三〇〇円(但し、当分の間、右最高制限値段にかかわらず、一万四九九九円を最高自粛値段とし、この値段でストップ抽選処理を行う)としたこと、同年三月二日、値幅制限を上下ストップ幅三〇円とし、右最高自粛値段を撤廃したこと、売買停止や強制解合等という措置を取らなかったことは認める。

しかし、取引所が取った措置が違法であること及び取引所が原告らの主張するような内容の調査、規制を実施し、さらに売買停止や強制解合等の措置を取る義務があったとの主張は争う。

2  争点2(国の対応は違法か)について

(原告ら)

国は取引所に対し、適切な市場管理を行うよう指導援助し、また、取引所による違法な措置の採用を止めるよう指導監督する義務があり、さらに、取引所がこれに反対するときには自ら法による権限を発動して立会停止措置を取るべきであったのにこれを怠り、前述のように取引所に違法な措置を取ることを許してしまった。

(被告国)

国が取引所に対し、平成元年二月二二日及び同年三月二日に横浜生糸取引所がとった措置の採用を止めるよう指導監督しなかったこと及び自らの権限により立会停止措置を取らなかったことは認めるが、被告国に右の点についての作為義務があるとの原告の主張は争う。

3  争点3(反対意見を述べなかった取引員らの対応(不作為)は違法か)について

(原告ら)

取引員らは、取引員が前記平成元年二月二二日及び同年三月二日の措置を決定するにあたって、取引員懇談会に意見を求めた際に反対意見を述べるべきであったにもかかわらず、これを怠り、なんら反対意見を述べなかった。

(取引員ら)

取引員らが取引所の措置に対して反対意見を述べなかったことは認める。しかし、取引員らに反対意見を述べる義務があることは争う。

4  争点4(取引員らの外務員らが原告らに対し、断定的な判断あるいは虚偽の情報を提供して違法な勧誘をしたか)について

(一)(原告林)

(1) 原告林は、飲食店、パチンコ店を経営する者であり、被告岡地の外務員喜多の勧めにより、昭和六三年二月一日から乾繭の、同年一一月三〇日から生糸の先物取引を行うまで先物取引の経験はなかった。

(2) 原告林は、昭和六三年一一月三〇日から平成元年二月三日までの間に売り玉を四〇枚、同月二三日に売り玉を二〇枚建てて、生糸の先物取引をしたが、その後の生糸相場の高騰により、同年五月一六日及び三〇日の任意解合(売買当事者が協議して売買約定を一定の値段により決済すること)において大幅な損失を出して決済した。

(3) 昭和六三年一一月三〇日頃、喜多は原告林に対して「相場でいいところがあるからやらないか。私は農林水産省の偉い人から極秘の情報が入るし、岡地の常務野村さんも私の口座で取引している。野村さんの情報は絶対当たるから、取引で損させることはない。儲かったときは利益の一〇パーセントを私個人にほしい。」と虚偽の事実を申し向けて勧誘し、同人をして一般委託者に比べて特別有利な地位にあり相場で損することはない旨誤信させて、生糸の先物取引に引きずり込んだ。

さらに、平成元年二月二三日、喜多は原告林に対して「国と取引所が協議した結果、一キロ当たり最高値幅制限一〇〇円、最低値幅制限三〇〇円という片寄った値幅制限を実施し、最高自粛値段を一キロ当たり一万四九九九円とすると決定した。国と取引所が絶対にそれ以上の値段にはさせないということである。民間と国が喧嘩して民間は絶対に勝てない。勝ったためしがない。したがって、これから値段は下がる一方で、値上がりすることはない。仮に一時的に値上がりがあっても一万四九九九円を超えない。」と断定的判断を述べて原告林にさらに売り玉を建てさせ、また、既に有していた売り玉の手仕舞いをさせなかった。

以上の勧誘及び取引の態様は違法であり、その結果原告林は損害を被ったのであるから、喜多には不法行為が成立し、喜多の使用者である被告岡地は責任を負うべきである。

(被告岡地)

被告岡地の外務員喜多が違法な勧誘をしたことは否認する。

(二)(原告山下)

(1) 原告山下は、ゴルフ会員権の売買を営む株式会社の代表者である。

(2) 原告山下は、被告岡地の外務員喜多及び岩楯の勧めにより、昭和六三年一〇月一九日から平成元年五月一六日までの間に生糸の先物取引をしたが、その後の生糸相場の高騰により、多額の損失を被った。

(3) 右外務員らは、昭和六三年二月一〇日から二一日にかけて、「生糸は、取引所・農林水産省が本気で価格を下げるつもりである。今後も価格を抑えるために動く。必ず価格は下がる。」と断定的判断を提供して売り玉を建てるよう勧誘し、さらに、「自民党も生糸価格に対し過熱しているので下げるように農林水産省を指導している。取引所は片寄った値幅制限と最高自粛値段を採用した。一万五〇〇〇円以上になれば取引所は解合する意向である。この状態では絶対下がるから今切ることはない。売り玉は残しておきましょう。」と述べて原告山下に売り玉三枚しか手仕舞いをさせなかった。

以上の勧誘の態様は違法であり、その結果原告山下は損害を被ったのであるから、右外務員らには不法行為が成立し、右外務員らの使用者である被告岡地は責任を負うべきである。

(被告岡地)

被告岡地の外務員喜多及び岩楯が違法な勧誘をしたことは否認する。

(三)(原告金子)

(1) 原告金子は、生糸の先物取引をしたが、その後の生糸相場の高騰により、多額の損失を被った者である。

(2) 平成元年二月二二日、被告カネツの外務員加藤は原告金子に対し、取引所が片寄った値幅制限と最高自粛値段を採用したことを伝え、「取引所はこれ以上値段は上げさせない。これ以上の値段は絶対ありえません。取引所は一万五〇〇〇円で解合します。」と虚偽の情報を述べて、原告金子にその旨誤信させ、それまでに建てていた売り玉を決済する機会を失わせ、さらに、同月二三日、売り玉を一四枚建てさせた。

右勧誘の態様は違法であり、その結果原告金子は損害を被ったのであるから、加藤には不法行為が成立し、加藤の使用者である被告カネツは責任を負うべきである。

(被告カネツ)

被告カネツの外務員加藤が違法な勧誘をしたことは否認する。

(四)(原告杉浦)

(1) 原告杉浦は、生糸の先物取引をしたが、その後の生糸相場の高騰により、多額の損失を被った者である。

(2) 平成元年二月二三日頃、被告明治物産の外務員金井は原告杉浦に対し、「取引所は片寄った値幅制限と最高自粛値段を発表した。これは国と取引所が一万五〇〇〇円以上の値段は絶対つけさせないということです。これで相場は絶対に下がります。」と虚偽の断定的判断を述べて、これを信じた原告杉浦にそれまでに建てていた売り玉五枚を決済する機会を失わせた。

右勧誘の態様は違法であり、その結果原告杉浦は損害を被ったのであるから、金井には不法行為が成立し、金井の使用者である被告明治物産は責任を負うべきである。

(被告明治物産)

被告明治物産の外務員金井が違法な勧誘をしたことは否認する。

5  争点5(取引員らに原告らに対して自己玉を付け合わせる義務があるか)について

(原告ら)

争点3及び4で述べたとおり、取引員ら及びその外務員らの不法行為により、原告らに損害が発生し、又は、拡大するおそれがあったのであるから、これらの発生、拡大を防止するために、取引員らにおいては原告らの売り玉の手仕舞いのための買戻しに自己玉を付け合わせて、原告らに手仕舞いをさせるべき義務があったのに、これを怠り、原告らに損害を発生させ、又は、原告らの損害を拡大させた。

(被告ら)

取引員ら及び取引員らの外務員らの行為が不法行為であることは否認し、取引員らに自己玉を付け合わせる義務があるとの主張は争う。

6  争点6(取引員らの原告らに対する清算金請求(反訴)が認められるか)について

(一)(被告明治物産)

原告杉浦は、被告明治物産に委託して、昭和六三年一二月一九日から平成元年五月二五日までの間、取引所において生糸の先物取引を行った結果、次のとおりの清算損金が発生した。

売買差損金 五九〇万七九〇〇円

委託手数料 四万四四五〇円

消費税及び取引税 三〇八一円

清算損金合計 五九五万五四三一円右清算損金に対し、委託証拠金五一三万五〇三六円を充当した結果、清算金残額は八二万〇三九五円となった。

したがって、被告明治物産は原告杉浦に対し、清算金残額八二万〇三九五円とこれに対する本件反訴状送達の翌日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(原告杉浦)

生糸取引を始めた日、売買差損金額、委託手数料額は否認する。清算金残額が八二万〇三九五円であることは認める。

(二)(被告岡地)

原告林は、被告岡地に委託して、昭和六三年一一月三〇日から平成元年五月三〇日までの間、取引所において生糸の、前橋乾繭取引所において乾繭の先物取引をそれぞれ行った結果、委託手数料、取引税、消費税を含め、合計七一九五万九三〇四円の清算損金が発生した。

右清算損金に対し、委託証拠金四〇三九万八〇〇〇円を充当した結果、清算金残額は三一五六万一三〇四円となった。

原告山下は、被告岡地に委託して、昭和六三年一〇月一九日から平成元年五月三〇日までの間、取引所において生糸の、東京工業品取引所においてゴムの先物取引をそれぞれ行った結果、委託手数料、取引税、消費税を含め、合計八九二万八三一一円の清算損金が発生し、帳尻への入出金等の振替をした結果、清算損金は三七〇万八五七一円となった。右清算損金に対し、委託証拠金二七九万二〇〇〇円を入金した結果、清算金残額は九一万六五二一円となった。

被告岡地は、原告林及び同山下に対し、平成元年七月一一日到達の内容証明郵便でそれぞれの清算金残額を支払うよう催告した。

したがって、被告岡地は、原告林に対し、清算金残額三一五六万一三〇四円、原告山下に対し、同九一万六五二一円及びそれぞれこれらに対する催告の日の翌日である平成元年七月一二日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(原告林、同山下)

取引の存在及び内容証明郵便が到達した事実は認め、その余は否認する。

(三)(被告カネツ)

原告金子は、被告カネツに委託して、昭和六一年二月一九日から平成元年一〇月一七日までの間、取引所において生糸の、東京工業品取引所において金、銀、白金の先物取引をそれぞれ行った結果、委託手数料、取引税、消費税を含め、生糸取引に関して四四〇七万二四八九円の、金、銀、白金の取引に関して五八二四万〇九四六円の清算損金がそれぞれ発生した。

右清算損金に対し、委託証拠金の充当等をした結果、清算金残額は、生糸に関して一四六九万一六四九円、金、銀、白金の取引に関して一〇七万四五八九円、合計一五七六万六二三八円となった。

したがって、被告カネツは原告金子に対し、清算金残額一五七六万六二三八円及びこれに対する平成元年一〇月一八日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

原告金子主張の別紙株券目録記載の株券を証拠金代用有価証券として原告金子から預かっていることは認める。

(原告金子)

原告金子の取引所における生糸取引の清算金残額が計算上一四六九万一六四九円となっていること及び東京工業品取引所における取引の清算金残額が一〇七万四五八九円となっていることは認めるが支払義務は争う。

原告金子は被告カネツに対し、証拠金代用有価証券として別紙株券目録記載の株券を預託している。したがって、被告カネツの反訴請求に対しては別紙株券目録記載の株券の返還との同時履行の抗弁を主張する。

第三  争点に対する判断

一(取引所の責任等)

<証拠略>によれば、以下の1から3までの事実が認められる。

1  当事者

(一)  取引所は、商品取引所法に基づき、生糸の先物取引を行うために必要な市場を開設することを目的として設立された社団法人で、現物業者(現物売買を専門にする商人)及び商品取引員(顧客からの売買注文を執行するための受託業務を業とすることができる者)を会員としている。わが国における生糸先物取引の公設市場は本判決において「取引所」と略称されている横浜生糸取引所の他には神戸生糸取引所があるのみである。

取引所の事務の執行は、理事長及び理事の過半数で決し、理事長は、取引所を代表してその事務を総理し、理事はこれを補佐するものとされている。

(二)  被告小林洋行、被告岡地、被告カネツ、被告明治物産は取引所の会員であり、委託者から生糸の先物取引の委託を受け、売買注文を取引所に取り次ぐこと等を業としている。

(三)  国は、その機関である農林水産大臣を介して、取引所及び取引員に対し、広汎な許認可権及び指導監督権を有している。

(四)  原告らは、取引員らに委託して、取引所において生糸の先物取引を行っていた者である。

2  生糸相場の推移及び取引所の措置

(一)  被告国は、国内の養蚕農家を保護するため、昭和二六年一二月、繭糸価格安定法を定め、蚕糸砂糖類価格安定事業団(旧日本輸出生糸保管株式会社、以下「事業団」という。)を創設し、毎年五月、生糸の安定基準価格及び安定上位価格を定め、生糸の市場価格がこの安定基準価格を下回る場合には、事業団が生糸生産者から生糸を買い上げ、安定上位価格を上回る場合は、事業団の在庫を市場に放出して、生糸の市場価格を安定基準価格と安定上位価格の範囲内におさめようとしている。昭和六三年五月に同法に基づき定められた(その後一年間は通常変更しない)生糸の安定基準価格は九八〇〇円、安定上位価格は一万〇六〇〇円であった。

(二)  生糸相場は、昭和六三年初めから高騰し、八月末には先物が一〇年ぶりの高値をつけた。秋からは反落しほぼ年初の価格に戻ったものの、年末には再び上昇傾向になった。同月二七日、取引所は、一月限につき特別臨時増証拠金の徴収を定め、これを取引員に通知した。年が明け、昭和六四年(平成元年)一月五日に急反落したが、同月一〇日からはストップ高、ストップ安が錯綜する乱高下状態となったすえ、同月二三日には全限月ストップ高となり、以降、同月三〇日までの七営業日にわたり、全限月あるいは一部限月がストップ高をつける状態が続いていた。その間、同月二六日の一月限納会(当限玉に関するセリが行われる最終日)では当限は前場二節で一万四四一〇円と前日に比べ九二四円高と異例の高騰をした。

そこで、取引所は市場管理を強化するため、同月二六日、全限月の建玉に対する特別臨時増証拠金の徴収及び二月限、三月限の新規建玉の委託者の住所、氏名の届出を決定した(甲一)。

しかし、このような規制措置にもかかわらず、相場はその後も冷却せず、同月二七日の新甫(発会日に新たに生まれる限月)七月限も暴騰したため、取引所は、同日、会員(取引員を除く)及び当業者の建玉制限の強化(一社当たり当限五〇枚、翌月限一〇〇枚、翌々月限二〇〇枚、その他限月三〇〇枚と制限数量を縮小したこと)を決めた(甲二)。

さらに、従前は毎月の一五日と月末に一定数量以上の建玉を有する委託者名を取引員から報告させていたが、同月三〇日、これに加えて、取引所は、毎月五日、一〇日、二〇日、二五日に全委託者の一枚からの建玉調査をすることを定めてこれを実施した(甲三)。

生糸相場は、同年一月三一日から二月二日までの三日間連続して全限月ストップ安となり値を下げたものの、二月三日から同月九日までの五営業日間は、五ないし七月限がストップ高を続ける暴騰に転じた上、同月九日の七月限が昭和六三年九月一日以来の高値である一万六〇三九円をつけるに至った。

平成元年二月九日は、取引所は、一月限の現受された生糸に関しその目的を取引員に届出させることを決定し(甲四)、翌一〇日には、同月一三日からの特別臨時増証拠金の増額及び三月一日からの建玉制限の一層の強化を決定した(甲五、乙一〇)。

しかし、その後も生糸相場は高値を維持したことから、同月二〇日、取引所は、取引員を集めて懇談会を開催し、翌日の二月限納会に関して強力に平常化を要請する一方、取引所の市場管理委員会を開催して対策を検討した。

同月二一日の納会においては、前場二節の先限で大量の買いがあり、売りハナ(売り不足)が四六三枚(一枚三〇〇キログラム)に達したため、後場を全限について出来不申(売買が全く成立せず、値段もつかないこと)にして終了した。なお、同日、農林水産省が招集して横浜と神戸の生糸取引所及び前橋と豊橋の乾繭取引所の繭糸四理事長会議が開かれ、生糸及び乾繭市場における市場管理の強化策が協議された。

取引所は、同月二二日、理事会において、翌二三日から①当分の間、最高制限値段(ストップ高)を一〇〇円、最低制限値段(ストップ安)を三〇〇円とする片寄った値幅制限をすること及び②当分の間、右最高制限値段にかかわらず、一万四九九九円を自粛最高制限値段とし、この値段でストップ抽選を行うことの二点を中心的内容とする「市場管理の強化について」を決定し(乙四)、同日、その旨を各会員に通知した(甲六)。同日の後場以降、四ないし七月限はストップ安となった上、後場一節において発会した新甫八月限も一万四六〇五円の安値となり、同二節では一万四三〇五円のストップ安となった。翌二三日には七月限が一万四二七五円を付け、同月九日の一万六〇三九円に比して一七六四円安となった。

同月二七日、取引所は、前記①の片寄った値幅制限を撤廃し、同日以降当分の間、最高・最低値幅制限を各一〇〇円に変更した(乙一一)。同日以降三月三日まで全限月で連日一〇〇円のストップ高となった。

さらに、同年三月二日、取引所は、同月六日以降の最高・最低値幅制限を三〇円に圧縮するとともに、前記②の自粛最高制限値段の措置は撤廃した(乙六)。

同月六日以降、生糸相場は同月二七日に至るまで全限月連日三〇円のストップ高となり、同月二八日には、前場一節において値幅制限が適用されない九月限の初値が一万八六四五円をつけるに至った。

(三)  同年四月以降も生糸相場は高騰を続け、同年六月二七日に先限の価格が一万九八九五円と史上最高値となった。その後は一〇月まで急反落し、同年末に一時持ち直したが、平成二年以降は値崩れが続いている。

(四)  また、この間、取引所は、同年二月九日、同年一月限に現受けした会員八社について、どのような種類・目的の受けであるかの調査を、同年三月上旬から中旬にかけて、二月限に現受けをした取引員八社に対して逐次立入監査を、さらに、二で認定したとおり、五日毎に全ての取引員に全ての取引と建玉を提出させ、動きの詳細な調査をそれぞれ行ったが、不審点を発見することはできなかった。なお、同年三月に取引所の会員である訴外コジマが処分を受けたことは認められるが、その処分理由中の自己受けした現物を即時他に転売した事実は昭和六三年八月のことであり、そのことのみをもって、処分当時買い占めがなされていると認定することは困難な状況であった。

3 取引所の規制権限について

商品取引所法は、商品取引所の健全な運営を確保するとともに商品の価格の形成及び売買その他の取引並びに商品市場における取引の受託を公正にすること等を目的としているが、これを受けて、取引所は、定款、業務規程、受託契約準則、市場管理要綱等を定め、これに従い、市場管理をするものとされている。取引所の業務規程には、取引所は毎営業日ごとに、各限月別に最高制限値段及び最低制限値段を定めることができること、取引所は必要があると認めるときには全部又は一部の限月につき、会員の売買数量、建玉数等の最高限度又は受託の制限を設けることができること、取引所は相場に著しい変動のおそれがあると認める場合において必要があると認めるときは臨時増証拠金を預託させることができること、取引所は必要があると認めるときは立会の全部又は一部を臨時に停止し又は休止することができること、取引所は業務規定で定めていない事項で臨機の措置を必要とするときはその趣旨にそって理事会がこれを定めること等が規定されている。そして、これを受けて、取引員らと原告ら委託者の生糸先物取引受託契約について適用される、受託契約準則(乙一の一)には「商品取引員は、受託注文に適合する商品の価格が形成されたにもかかわらず、市場における売買取引の状況により委託を受けた売買取引の全部又は一部が成立しなかったときは、遅滞なく、その旨を当該委託者に通知しなければならない」(五条)として、委託者の売買注文が不成立となる場合があり得ることが定められ、又、「違約玉、解け合い、臨機の措置、立会の停止・休止、建玉数量等の制限等に該当したときは、取引員はこの旨を委託者に通知し、委託者は異議申立ができない。」旨が定められている(二五条)。

以上の各規定に鑑みると、取引所には、生糸価格の形成及び売買取引の公正を維持するために必要がある場合には、前記の規制措置を行う権限があり、こうした規制措置の発動の時期及び内容については、その性格上、取引所の合理的な裁量にゆだねられているものというべきであり、取引所が裁量の範囲を著しく逸脱し、あるいは裁量権を濫用したと認められる場合を除いてはその取った規制措置(規制をしなかったという不作為を含めて)は違法になることはないと解すべきである。

4  3の法理を基にして、1及び2の事実関係について取引所の本件の規制措置(及び不作為)の違法性の有無について判断する。

(一) 取引所が取った規制措置について

2で認定した平成元年の二月及び三月の時期の取引所における生糸相場の高騰及び過熱の状況に鑑み、取引所が平成元年二月二二日及び三月二日にとった措置はいずれも取引所の規制権限内のものであり、かつ、その内容からいって生糸相場の安定を目的としたものであったと評価することができる。これらの措置が取られた後も生糸相場は同年六月末に至るまで高騰を続けたことは2で認定したとおりであるが、そのことゆえに取引所の措置が違法であるということができないことはいうまでもない。ただ、取引所が二月二二日の決定で、当分の間、①最高制限値段一〇〇円、最低制限値段三〇〇円という片寄った値幅制限を定め、②最高自粛値段を一万四九九九円としたのに、①については同月二七日に、②については三月二日に撤廃している措置について規制の方針に一貫性がないという批判もありうるところである(原告はまさにこう主張する)。しかし、同時期に神戸生糸取引所は右①、②の措置をとらず生糸相場の過熱の中で両取引所の方針に足並みの乱れが生じ、調整の必要があったこと(甲二二、乙一一)、②の最高自粛値段を撤廃した代わりに最高・最低値幅制限を三〇円に圧縮するという別な意味で強力な価格規制をとっていること、①、②の規制とも決定自体の中に「当分の間」の規制とされていたこと等の事情を考慮すると、取引所の右①、②を撤廃した措置が取引所の裁量の範囲を著しく逸脱し、あるいは裁量権を濫用したものと認めることはできない。

(二) 取引所の不作為の違法性について

まず、取引所が仕手筋による買占めを疑い、名義借の委託者の徹底洗出しという実態調査を行うべきであったという原告らの主張について判断する。

取引所の業務規定一五条の二は、「本所(取引所)は、商品市場において買占め又は売くずし等不公正な売買取引が行われている疑いがあると認めたときは、会員に対し説明を求め、又は資料の提出を求めるものとし、特に必要と認めるときは、委託者に対し説明を求め、又は資料の提出を求めることができる。」と定めている。この規定が取引所に対し、原告らのような委託者との関係で調査義務を課したものと解することはできないことは、規定の文面上明らかである。3で述べた取引所の規制権限の発動の時期及び内容についての裁量性を考慮するとき、取引所が特定の調査をしなかったことが委託者に対して賠償義務を負う違法性を帯びることは、仮にありうるとしても、極めて特殊な状況下における例外的な場合に限定されるというべきである。

本件において、<証拠略>によると、当時京旺物産株式会社の社員であった田中忠治が同会社の社長の早津の依頼を受けて、被告岡地の社員の宮内彬を介して、取引所における生糸取引について、仕手筋の本田忠の買いに自己の名義を貸していたことを認めることができる。さらに2で認定した事実及び本件弁論の全趣旨からすると、平成元年の前半に生糸の先物取引相場において強力な買い方の仕手筋が存在し、それが当時の生糸相場の高騰の一因ともなっていること、このような仕手筋は建玉制限を免れるために右の田中忠治の例に見られるように他人の名義を借りて委託を行っていたことを推認することができる。

本件において2で認定した事実によるとき、取引所は仕手筋の洗出し、排除を目的として全ての取引員に全ての取引と建玉の提出を求め、また、平成元年一月限と二月限の現受の実態調査をしているのであって、取引所としての一応の調査を尽くしたものというべきである。原告らは買い方の委託者の調査について直接委託者にあたるとともに、委託者の買い資金及び現受の場合の生糸現物の現実の動きについて、委託者の取引銀行及び倉庫会社をも調査の対象とすべきであったと主張する。確かにこのような調査をすること自体は一つの手段としてありうるところであるが、名義を貸した者が調査に対して名義貸しの事実を容易に認めることは必ずしも期待できない(この点に反する証人田中の供述は採用できない。)し、銀行や倉庫会社が強制力のない取引所の調査に対して応じるか否かも疑わしいところである。右の点からいうと、本件においては、結局、取引所の調査が不十分で違法であるという原告らの主張は理由がないというべきである。

次に原告らの主張する仕手筋に対する現受の拒否、取引制限等の作為義務については、仕手筋の動きを明確な証拠をもって認定できなかった本件においては右の作為義務を認めることはできない。また、一時的な取引停止又は強制解合の措置をとるべきであったという原告らの主張については、そのような措置を生糸の取引所でとった前例はないこと、一旦このような措置をとると市場の再開が困難になりかねないこと(証人大竹)からして、右の措置をとらなかったことが違法であるということは到底いえない。

以上によると、取引所のとった措置は、いずれも違法と認めることはできない。

また、取引所が取った措置が違法であることを前提として原告らが主張する、理事らの責任を認めることもできない。

5  次に、被告国の責任について検討する。

前述のごとく、取引所は取引の公正を確保し、もって、会員及び委託者の保護を図るために市場管理を行う権限を与えられているものであるから、市場管理は、第一次的には会員自治組織である取引所が行うべきものであり、国の指導監督権限は、取引所の行う市場管理措置がその裁量を逸脱した場合にのみ行使されるものである。そうだとすると、前述のごとく、取引所の取った措置が裁量の範囲を逸脱したとは認められないから、被告国にはその指導監督権限を怠った違法は認められない。

6  さらに、原告らは、取引員らに取引所に対し意見を述べる義務があったと主張するが、そのような義務を認めるに足る理由はなんら存在しないから、主張自体失当であるといわざるを得ない。

二(外務員らの勧誘の違法性)

次に、取引員らの外務員らが違法な勧誘をしたことを理由とする原告らの取引員らに対する損害賠償請求について検討する。

1  <証拠略>によれば、外務員らは、原告らに対して、二月二二日以降、二月二二日に取引所が片寄った値幅制限及び最高自粛値段を設定したことを告げ、被告国及び取引所が生糸相場を下げる意向であることから生糸相場が下がる旨を述べたこと、また、外務員らの一部は原告らの一部に対して、生糸相場が最高自粛値段に達したら取引所は解合をする意向である旨述べたことが認められる。

本件における外務員らの右の勧誘は、生糸相場が下がるという点をいわば確実なものとして予測したものと評価することができる。

ところで、断定的判断の提供は商品取引所法九四条一号及び取引所が定めている受託契約準則一六条一号で商品の先物取引の外務員に対して禁じられている行為であるが、断定的判断の提供が直ちに私法上違法とされるわけではない。断定的判断の提供が損害賠償を請求しうるという意味で私法上も違法と評価されるかを判断するにあたっては、勧誘を受ける委託者側の受け止め方がどうであったか、即ち外務員らの断定的判断の提供によって委託者側の自主的判断の余地がほとんどなくなってしまうような、換言すると委託者側の自己責任の原則の基盤をなくしてしまうような状況であったか、あるいは、委託者側は外務員らの発言を単なる一つの判断(見方)の提供と受け止め、自己の判断形成の一材料にしたに過ぎないかの区別が必要である。そしてこの点の判断については、外務員らの委託者に対する勧誘の内容そのもののほか、勧誘の対象となっている商品の種類及び商品の特質についての説明の有無、委託者側の知識経験、職業が重要な要素となる。

2  1で述べたところを前提に本件の外務員らの勧誘の違法性について検討する。

<証拠略>によれば、以下の事実が認められる。

商品先物取引は、売買の当事者が将来の一定時期において売買した商品とその代金を授受する約束のもとに取引を行うが、約束の期日がくる前に反対売買(買付けたものは転売し、売付けたものは買戻すこと)によって、その売りと買いの値段の差額(差金)を授受して取引を決済することができる特殊な取引である。先物取引は、制度上、総取引額に対して極めて少額の資金(証拠金)で委託取引ができる仕組みになっており、少額の資金で大量の取引が可能なこと及び商品の値動きが極めて激しい場合があることからハイリスク・ハイリターンの商品である。これらの点を考慮して、先物取引の受託者である商品取引員と委託者である顧客との間の売買取引の受託に関する契約は、取引所の定める受託契約準則が適用され、委託を受けるに際して商品取引員は委託者に対し受託契約準則及び先物取引の危険性を具体的に説明した危険開示告知書(戊一八)を交付し、委託者から先物取引の危険性を了知した上で右準則に従って売買取引を行うことを承諾する旨の書面又は契約書を徴収することになっている(右準則一条一項及び二項)。

本件においても、原告らは取引員らから右書面の交付を受け、一方、右承諾書を提出していることが認められるが、この事実に加えて次に述べる原告らの個別事情を考慮するとき、原告らは先物取引の性質内容及び危険性について十分理解していたということができる。

原告杉浦は、昭和五七年三月六日から被告明治物産に委託して精糖の先物取引をしており、その後、生糸、小豆、大豆、銀、白金、綿糸、ゴム、粗糖、乾繭の先物取引をしていた。また、被告明治物産と取引する前は、被告岡地と取引をしていた。

原告林は、パチンコ店を経営している京浜物産株式会社の専務取締役であり、証券については信用取引を含めて経験があったし、商品取引業界の人間との付き合いがあり、先物取引についての知識もあった(なお、原告林は、証券取引の経験はなかったと主張しており、甲四四(原告林の陳述書)中にはこれに沿う内容の記述があるが、信用できない。)。

原告山下は、先物取引の登録外務員として働いていた経験を有している。

原告金子は歯科医であり、約二〇年の商品取引の経験を有しており、その取引した品目もゴム、生糸、乾繭、小豆、大豆、綿糸、粗糖、貴金属と多岐にわたっている。被告カネツの外務員加藤は約一〇年間原告金子を担当していた。

3 一で認定したとおり、取引所は生糸相場の高騰に対処するため、平成元年二月二二日、片寄った値幅制限及び最高自粛値段の設定という措置を取ったことは事実であり、外務員らのその点に関する供述には何らの違法もない。問題はその後の生糸相場の動向及び取引所が取るであろう措置について外務員らが述べた内容が違法な断定的判断にあたるかどうかという点であるが、たとえ、外務員らが表面的には断定的な表現を用いていたとしても、前述した原告らの職業、地位、知識、経験、それまでの経緯に鑑みれば、それがあくまでも外務員らの予想、予測(いわば相場観)に過ぎないものであることを原告らは十分承知していたものと認めるのが相当である。原告らは、外務員らの予測を自己の判断の一材料としたうえで外務員らと同様の判断をしたものにすぎないというべきであり、したがって、本件における外務員らの勧誘は違法なものと評価することはできない。

また、昭和六三年一一月三〇日頃、被告岡地の外務員喜多が原告林に対して「相場でいいところがあるからやらないか。私は農林水産省の偉い人から極秘の情報が入るし、岡地の常務野村さんも私の口座で取引している。野村さんの情報は絶対当たるから、取引で損させることはない。儲かったときは利益の一〇パーセントを私個人にほしい。」と虚偽の事実を申し向けて勧誘したとの原告林の主張については、甲四四(原告林の陳述書)中にこれに沿う内容の記述があるが、戊一五の一、甲四三の一及び二に照らすと喜多の発言が右のような断定的なものであったという点について疑問があるばかりでなく、仮に喜多が右の趣旨の発言をしたとしても、1及び2で述べた本件における経緯からするとき、原告林は喜多の発言をいわゆるセールストークとしての勧誘として受けとめていたと認めるのが相当であって、喜多の発言の結果相場で損をすることはないと原告林が誤信したと認めることは到底できない。したがってこの点についても原告林の主張は認められない。

なお、原告林及び同山下の無断売買の主張については、弁論の経過から撤回されているものと解されるが、仮にそうでなかったとしても、その主張を裏付けるに足る証拠はない。

請求内容一覧表 一

原告

被告

損害額

弁護士費用

請求総金額

備考

前田稔

株式会社小林洋行

横浜生糸取引所

理事・理事長

1、被告取引員に対する損害金

金33,132,000円

2、被告国、同取引所、同理事に対する損害金

金24,931,200円

金3,313,200円

消費税99,396円

1、取引員

金36,544,596円

2、国外

金28,343,796円

取引員に対しては、平成元年2月28日に手仕舞を要求したので、当日の最終約定値(大引け)と差金決済値との差額の合計を損害とする。

その他に対しては、自粛最高値段14,999円と差金決済値との差額の合計を損害とする。

林芳男

岡地株式会社

横浜生糸取引所

理事・理事長

金43,237,200円

金4,323,720円

消費税129,712円

金47,690,632円

14,999円と差金決済値との差額の合計を損害とする。(取引員に対しては請求原因を拡張する予定。)

山下哲夫

岡地株式会社

横浜生糸取引所

理事・理事長

金3,712,450円

金371,245円

消費税 11,137円

金4,094,832円

14,999円と差金決済値との差額の合計を損害とする。

請求内容一覧表 二

原告

被告

損害額

弁護士費用

請求総金額

備考

金子清利

カネツ商事

株式会社横浜生糸取引所

理事・理事長

金32,649,000円

金3,264,900円

消費税97,948円

金36,011,848円

14,999円と差金決済値との差額の合計を損害とする。

杉浦博

明治物産株式会社横浜生糸取引所

理事・理事長

金2,282,700円

金228,270円

消費税6,848円

金2,517,818円

同上

三(取引員らの自己玉を付け合わせる義務)

右の点についての原告らの主張は、取引員ら又は外務員らの原告らに対する不法行為の成立を前提とするものであって、一及び二で述べたところにより不法行為の成立を認めることはできないから、その余の点を判断するまでもなく失当である(むしろ、独立の責任原因とすること自体失当であるといえよう。)。

四 反訴請求について

1  反訴①

庚二の一から五まで、三の一から四まで、争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、反訴①に関する被告明治物産主張の事実が認められる。したがって、原告杉浦は被告明治物産に対して、八二万〇三九五円及びこれに対する平成二年五月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払義務があるというべきである。

2  反訴②

戊一の一から三まで、二、三の一から四まで、四の一、二、一六、争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、反訴②に関する被告岡地主張の事実が認められる。したがって、原告林は被告岡地に対して、三一五六万一三〇四円、原告山下は同被告に対して九一万六五二一円及びそれぞれこれらに対する平成元年七月一二日から支払済みまで年六分の支払義務があるというべきである。

3  反訴③

己二の一から三九まで、三の一から六まで、四の一から一三まで、五の一から九まで、争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、被告カネツ主張の事実が認められる。したがって、原告金子は被告カネツに対して、一五七六万六二三八円の支払義務があるが、他方、原告金子が被告カネツに対して、証拠金代用有価証券として別紙株券目録記載の株券を預託していることは争いがない。よって、右原告金子の被告カネツに対する清算金残額支払義務と被告カネツの原告金子に対する別紙株券目録記載の株券の返還義務との間には牽連関係があるから、両債務は同時履行の関係にあるものと認められ、右原告金子の被告カネツに対する清算金残額支払義務は履行遅滞にはならず、両債務は引換給付になるというべきである。

なお、原告金子が被告カネツに対して、取引所における生糸取引及び東京工業品取引所における貴金属の取引に関して岸マサ子名義で現金一五〇万円を預託しているとの原告金子の主張については、弁論の経過から撤回されているものと解されるが、仮にそうでなかったとしても、これを認めるに足りる証拠はない。

五 以上のとおり、被告明治物産及び被告岡地の反訴請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、被告カネツの反訴請求は、別紙株券目録記載の株券と引換に一五七六万六二三八円の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容することとし、原告らの本訴請求及び被告カネツのその余の反訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官菅原雄二 裁判官野村高弘 裁判官朝倉佳秀)

別紙株券目録<省略>

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